▼ 2007/11/27(火) 大学塾を読む(3)
今回は「大学改革スペシャルインタビュー 杉野剛氏」を読む。杉野氏は、現在、文部科学省の私学行政課長。
その1。国立大学の法人化は、基本的には賛成。ただし、教授会にきちんと責任を負わせるべきだったとは思う。現状では、基本的に学長権限が強力であり、教授会は「その意思を尊重する」と付帯決議されたに留まる。そして、付帯決議なるものには、法的拘束力もなんもないんだよな。でもまぁ、このあたりは僕自身も不勉強なので、要検討。
その2。「実は科研費は、学問領域ごとに、申請があった件数、金額に応じて、全体の予算配分が決まるんですよ。つまり人文科学の先生、社会科学の先生がもっと申請してくだされば、それぞれの領域に与えられる科研費全体のパイは広がるんです」。
な、なんだってーっ!!!申請すれば、自分がもらえなくてもパイは増えるのね。当面、あまり金のかからないことやってるから、積極的じゃなかったけど、もう少し頑張ります。反省。
その3、その4。この辺は、ちょっとムッと来るのは否めない。「大学教員は研究ばかり向いていて」なんて状況は、少なくとも僕の就職して以降は、そんなことはない。ありえない。フルタイムの労働時間をほぼ学内行政と教育に注ぎ込み、研究はそれ以外のプライベートの時間を犠牲にしてやる。そうでしかない。現状は。──繰り返すけれども、日本の大学は、一人の教員が世界一たくさんの学生を相手にしている。
私大は、収入のほぼ100%を学費に頼っている。税制優遇措置以外は、ほとんど純然たる民間企業。だから、あれだけたくさんの学生を集めなければならない。「学生を集めるために、もっといい教育を」じゃないんだよ。もっといい教育は、もっと少人数で、もっと極め細やかでなければならず、基本的にコストは増えるんだよ。それにあわせて学費を上げたら、一体誰がそんな学費を払えると言うのか。
教育が大事であるのは、教育を受けた人間が社会に対してもたらす正の外部性があるからなんだから、ちゃんと税金を投入するべきなのだ。今の私大の収入をの半分を、公費で出せばいい。そうすれば、学生を3割減らして、学費も3割引にできる。ついでに教員給与も高いところでは2割くらい減らせば、その分教員も2割以上増やせる。これだけで全然違う世界になるはずだ。──今の大学のありさまは政策の結果であり、出すもの出さずに成果ばかり要求してきた結果だよ。もちろん、大学の社会的役割についてロクに発信してこなかった大学人の責任でもあるんだけど、でも、「その世代の」責任だよね。やっぱり。
大学も民間企業のように市場動向に敏感になるべきだとは思うのよ。教養教育なんかも、これって需要がないんじゃなくて、やっぱりちゃんと売り方があると思う。あるいは、教養教育が売り物になるように、初等・中等教育の改革も考えられるべきだと思う。けど、今の大学改革って、基本的には、現状の初等中等教育と現状の企業社会を不問に付したままで、それらと整合的な大学を作り出そうというものでしかない。そんなんでホントにいいんですか?ということ。
その1。国立大学の法人化は、基本的には賛成。ただし、教授会にきちんと責任を負わせるべきだったとは思う。現状では、基本的に学長権限が強力であり、教授会は「その意思を尊重する」と付帯決議されたに留まる。そして、付帯決議なるものには、法的拘束力もなんもないんだよな。でもまぁ、このあたりは僕自身も不勉強なので、要検討。
その2。「実は科研費は、学問領域ごとに、申請があった件数、金額に応じて、全体の予算配分が決まるんですよ。つまり人文科学の先生、社会科学の先生がもっと申請してくだされば、それぞれの領域に与えられる科研費全体のパイは広がるんです」。
な、なんだってーっ!!!申請すれば、自分がもらえなくてもパイは増えるのね。当面、あまり金のかからないことやってるから、積極的じゃなかったけど、もう少し頑張ります。反省。
その3、その4。この辺は、ちょっとムッと来るのは否めない。「大学教員は研究ばかり向いていて」なんて状況は、少なくとも僕の就職して以降は、そんなことはない。ありえない。フルタイムの労働時間をほぼ学内行政と教育に注ぎ込み、研究はそれ以外のプライベートの時間を犠牲にしてやる。そうでしかない。現状は。──繰り返すけれども、日本の大学は、一人の教員が世界一たくさんの学生を相手にしている。
私大は、収入のほぼ100%を学費に頼っている。税制優遇措置以外は、ほとんど純然たる民間企業。だから、あれだけたくさんの学生を集めなければならない。「学生を集めるために、もっといい教育を」じゃないんだよ。もっといい教育は、もっと少人数で、もっと極め細やかでなければならず、基本的にコストは増えるんだよ。それにあわせて学費を上げたら、一体誰がそんな学費を払えると言うのか。
教育が大事であるのは、教育を受けた人間が社会に対してもたらす正の外部性があるからなんだから、ちゃんと税金を投入するべきなのだ。今の私大の収入をの半分を、公費で出せばいい。そうすれば、学生を3割減らして、学費も3割引にできる。ついでに教員給与も高いところでは2割くらい減らせば、その分教員も2割以上増やせる。これだけで全然違う世界になるはずだ。──今の大学のありさまは政策の結果であり、出すもの出さずに成果ばかり要求してきた結果だよ。もちろん、大学の社会的役割についてロクに発信してこなかった大学人の責任でもあるんだけど、でも、「その世代の」責任だよね。やっぱり。
大学も民間企業のように市場動向に敏感になるべきだとは思うのよ。教養教育なんかも、これって需要がないんじゃなくて、やっぱりちゃんと売り方があると思う。あるいは、教養教育が売り物になるように、初等・中等教育の改革も考えられるべきだと思う。けど、今の大学改革って、基本的には、現状の初等中等教育と現状の企業社会を不問に付したままで、それらと整合的な大学を作り出そうというものでしかない。そんなんでホントにいいんですか?ということ。
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