▼ 2008/07/05(土)
■商業化する大学、その2
承前。デレック・ボック『商業化する大学』。第2章では大学の商業化には功罪両面があるという(当たり前の)ことを確認した。3、4、5章では、それぞれ、大学スポーツ、科学研究、教育の個別分野についてさらに詳細に見ていく。で、起き抜けに第3章を読んだ。簡単にまとめるならば、次のようになる。
- 大学スポーツでの競争がはじまると、大学は結構簡単に学問的価値に対する妥協を重ねるようになる。たとえば、入学試験の点の低い学生を入学させたり、成績評価を甘くして卒業させたり、といったこと。そりゃ例外もあるけれど、こうした傾向が広く見られるようになる。
- 大学スポーツが大学に経済的利益をもたらすという一般的な根拠はない。大学スポーツからの収入は、優秀な監督・監督の獲得など、しばしばそれと同等以上の支出を要求する。また、スポーツ学生を苦々しく思っている一般学生もいたりするので、大学のブランド価値を高めるとも必ずしも言い切れない。大口の寄付者のほとんどは、大学スポーツでいかなる成績を収めたとしても寄付するときはするし、しないならば、成績があがってもしない。大学のアカデミックな地位の向上に大学スポーツでの好成績が寄与した、ということもない。
- しかし、大学の経営基盤の一部にはなってしまうため、大学スポーツファンの機嫌を損ねるようなリスクのある路線修正は、多くの学長は実行できない。ネオコンは共和党政権の支持基盤のすべてではないし、愛国保守派が自民党の支持基盤のすべてではないけれども、その価値観に沿っている限り非常に忠誠心の高い支持者であり、基盤の一部として失うわけにはいかない存在になってしまっている。というようなことに似ている、かな。
■仕事中の休憩時間
思いついたので、一つメモ。生産活動においては、資本と労働を投入して、そこから付加価値が生まれて、その付加価値を資本と労働で分け合うことになっている。ここでの付加価値とは、売上から原材料費を引いたもの。
で、ここで疑問なのだが、付加価値を計算するときに、資本の減価償却費は原材料費に含まれているはずなので、つまり、「資本は目減りしない」ことが計算上前提されている。とすれば、労働においてこの「減価償却分」にあたるものは何か。たとえば疲労して休養しなければならない時間であったり、「職業病」として現われる様々なダメージの蓄積などがこれにあたるかな。こう考えると、仕事中の休憩時間なんてのも、当然の権利だと言える。昼休みのみならず、トイレ休憩だのタバコ休憩だのだってそうであるはず。サボりすぎちゃうか、というような人はどこにでもチラホラとはいるものだろうけれど、でも一般論としては「休憩は権利」と言ってよいはずだ。
■税金を「取られる」という話
税金を「取られる」という表現が既におかしいんだよな。100円の品物を105円で買った消費者が「消費税5円を負担した」ように見えるだろうけれど、それは会計的(または家計簿的)錯覚。経済学的には、5%の課税が消費者や生産者の行動を変えるため、そうした行動変化を通じた負担は生産者も負担するし、さらに言うと、まったく無関係の第三者にまで及ぶ。たとえば、お米に課税を行うとすると、お米が高くなった分、消費者はお米を買わないようになる。すると、課税分を多少負担してでも少し安く売って、売れる「数量」を確保した方がマシかもしれない。というわけで、「税金分を価格に転嫁しないことによる損失」と「税金分を価格に転嫁することによる売上減少の損失」を秤にかけて、一番マシな選択をする。すると、税金はすべて価格に転嫁されることはなく、消費者と生産者がそれぞれに負担することになる。さらに、お米への課税は、お米の消費者と生産者の所得を減らす効果を持つ。すると、彼らは消費額そのものを減らすことになるから、お米以外の財やサービスに対する需要が減る。というわけで、お米以外の市場の生産者も税金を負担することになり、さらに、ほぼすべての人がなんらかの財やサービスの生産者であるからには、ほぼすべての人がなんらかの負担をすることになる。
もちろん、より多く負担する人、少なく負担する人という差は出てくるので「みんなで負担」と言って済ませてしまうことはできないが、いずれにせよ、「誰が税金を負担しているのか」は、思われているほど簡単ではない。実際、公務員の昼休みを短縮した結果、昼休みに食事を提供していた業者が需要減少で割を食う、ということになったりする。昼休みを減らしたことで役所の生産性があがったりしてんならまだしも、そういうところは誰も検証しないし、普通に考えてそんなことありえんだろう、としか思わない。じゃあ、そんなわけのわからんことした意味はあったのか、ということになる。
大事なのは、先にさらっと触れた「消費者や生産者の行動変化」というあたり。すべての人の経済行動は、互いに相互依存関係にあって、誰も無関係ではありえない。経済学の中で大事なのは、そういうネットワークのイメージなんですよね。でも、そこを伝えるのが一番難しい。
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