▼ 2008/07/11(金)
■エコの自己責任論を脱する
「こんなくらし、誰が頼んだ?: おさきまっくろ」。この視点は経済学的にもスゴク大事。たとえば、次のように考えてみよう。企業や政府が、今よりももっと原子力技術への投資を減らして、その代わりに各種自然エネルギー技術への投資を行っていたら。その場合、今よりも割高な原子力由来の電力と今よりも割安な自然エネルギー由来の電力の中から選択することになっていたはずだ。当然、後者が今よりも多く使用されることになる。すると、今よりも割安な負担でエコな生活ができたはずだ、ということになる。エコな社会でエコ生活することは、エコではない社会でエコ生活をするより、相対的に、個々人の負担は小さくなる。
まぁ、個々人でできることに意味がない、とは言わんけど。個々人がエコに関心を持っていることを示すならば、企業や政府の側でもそういう技術に投資するように行動を変えるでしょうし。そういう象徴的な意味での役割はある*1。でも、いずれにせよ、(1)消費者行動の変化だけではダメであって、企業や政府の行動が変化するところまで進まないと意味がないこと、(2)企業や政府の行動変化が消費者行動の変化を可能にするということ、あたりは押さえておく必要がある。
だから、エコを個人の倫理のレベルで(のみ)語ろうとするスタンスはそれ自体有害、テレビでやってるエコ・キャンペーンとか、見てるとムカムカしてくる。個人の責任は、市場じゃなくて政治で問うべき。市場では、問題だと認識する人だけがコストを負担するしくみになるから、ただ乗りを助長する。政治で問うからこそ、全員で負担するという枠組みを作ることができる*2。
*1 : しかし、電力企業は原子力を諦めるよりも、「原子力はエコだよ」と言いくるめる方向を選んでいるようですね。政府も。これはアカン。
*2 : ただし、「全員で負担」のしくみは、だいたい低所得者にキツイので、別途、所得保障を行う必要がある。
■札幌のデモ弾圧、その後
承前。逮捕された人らの支援グループのブログ(「札幌サウンドデモ7・5救援会」)ができてる。それにしても、警察、ロイターの記者だけ釈放って、他はまだ拘留する気か。呆れる。というわけで、救援カンパ情報をリンク。※コメントは、掲示板へお願いします。