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2008/07/19(土)

日記::2008年7月 モジモジ

角度を変える

 承前>「素人の放言、その2」。素人の放言を眺めるときに、その放言が「くだらないものである」との前提で見ている、「生暖かい目で見る」という奴か。そういうものであれば、確かに、それはやはり無関心の一形態なんだろうと思う。むしろ、「くだらないものではない」という前提を、あえて置いて、見る。くだらないものに見えているのであれば、くだらないものに見えるときの見え方は既にわかっているのであるから、同じ前提で同じように見たところで新たな発見があるわけではない、あるわけがない。むしろ、くだらないものにしか見えていないからこそ、そのくだらなくなさを構成するようにジッと見るのだ。

 「無視している」ものを「わざわざ見る」のであれば別であるが、「くだらないものとして見る」を既にやっているなら、「くだらなくないものとして見る」ことに、追加的なコストはかからない。当たり前だが、くだらないものとしか思えないからくだらないものに見えているわけで、そこをあえて「くだらなくないものとして見る」というのは、多少技術もいるし、どうしてもできないこともある。ただ、やってみればできることもあるし、稀にだが、発見もある。純粋に、思考技術的な問題だと思う。

 何かを見るときには、「批判的に見る」ことは重要であるけれども、他方で「共感的に見る」ことも大事だ。なんで「批判」の重要性がしばしば口にされるかといえば、それが意識しなければ難しいことであるからだろう。自然に「共感的に見る」ようになっている対象を、あえて「批判的に見る」ためには、それを意識的にするようにしなければ難しい。その逆も同じこと。ただ、こちらの方は強調されることが比較的少ないのかな。同じくらい大事だと思いますです。

シャンプー

 「「シャンプー放浪」、、、 - 日常茶漬事 絶滅寸前哺乳類の記録」を読んで。逆に男性向けって、トニック系のばっかりCMしてますよね。案外そっち方面探すといいのかも。僕は頭皮が弱いので、あんなもん使えませんけどね。知人の皮膚科の先生が薦めてくれたよくわからんシャンプーを使ってます。使ってる感じは、どちらかといえば、ヌメヌメ系に似てますね。(それにしても、こんなところにもジェンダーバイアス。)

講義、最終

 本日は講義最終日。補講期間なので、2限と4限にダブルヘッダー。2限に試験やって、4限に解答と解説。

 今日は、たまたま空いた日でもあったので、割と遅くまで補習みたいなことをする。内容はわかっても、答案を作るのが苦手、という子がいつでも一定数いる。時間をかけて観察していると、失敗にも(こそ?)個性があり、そこを踏まえてアドバイスすれば全然改善しないというわけでもない。諦める前に、一人一人に時間をかけて付き合ってみれば見えてくるものはある。手の施しようがない子、というのはどこかにはいるのかもしれないけど(知らんけど)、そういう結論を出す前に試してみるべきことは山ほどある。

 この業界にいると、「できない子」ネタというか、「ここまでできない子には、教師としても手の打ちようがないよね」ネタの雑談は時々耳にする*1。自分でも、つい思ってしまうことが絶対ないとはいわないけれど、耳にするときには、正直、不快。文字通り、反面教師として自分を戒めよう、と毎度思う。忙しいからいちいち相手にしてられんということはあるにせよ、それだったら「忙しすぎて手がかけられない」といえばいい。少なくとも、能力に関することで学生の自己責任を口にするのだけはやめよう、と思う。

*1 : 念のためにフォローすると、教育への情熱を結構熱く語るようなタイプの人も、おそらく世間で思われているよりは、いる。少なくとも、僕が就職する前に抱いてたイメージよりは、たくさんいる。


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