▼ 2008/07/22(火)
■日常の慣性に抗う
いつだったか、ちょっと忘れてしまった。たぶん、今年のいつか。研究室から講義室に向かう途中、向こうからやってきた学生が急に「ヒッ」というような声をあげたかと思うと、すぐさま泡を吹いて倒れた。一瞬、何が起こったかわからなかった。のだが、とにかく駆け寄る。意識がないようではあるが、とにかくすぐそばにあった授業準備室の事務員さんに声をかけ、救急車を呼んでもらう。教務の事務室と医務室にも連絡がいったらしく、何人かの職員の人が駆けつけてきた。状況の説明とかしてるうちにタンカがきて、救急車の方に運んでいったので、僕は講義に行く旨を伝えて、その場を後にした。その間、10分少々というところだったか。その学生が倒れた瞬間、まず考えたことは、「講義に遅れる」ということだった。いや、人が一人倒れたんだから、そういうことじゃないだろう、とすぐに思い直したのだが、しかし、一番最初に念頭に浮かんだのはそれ。まだ日常の延長線上でしか思考できない瞬間てのがあるんだよ。そこを離れるのに、10秒弱くらいはかかったかと思う。初動に、ちょっとした意識的な方向付けが必要。でないと、その場を通り過ぎて見なかったことにするというのは、案外、やってしまいかねない気がする。
次に、とりあえず何かをするとして、先に助けを呼べばいいのか、それとも傍によって確認すべきことが何かあるのか、最善に行動が何なのかわからなくて、一瞬固まってしまった。動けたのは、「ベストの対処ができなかったとしても、仕方ない、とにかく何かすること」と、意識的に考えたから。それで、すぐそばにあった事務室の窓を叩いて、救急車を呼ぶようにお願いすることができて、ともかく動きが止まってしまうことは避けられた。一歩目が動けると、次は比較的動きやすい。
なんでこんなこと思い出したかというと、これを読んだから。>「卑劣だろうか。」@kom’s log
今ここが緊急時だよ、ということをわかりやすく教えてくれるナレーションとかないんだよね。日常を離れて最初の一歩を動くのは、難しい、とまでは言わないけれど、やっぱりちょっと「慣性に抗う」感じが必要だ。でも、子どもがいると、結構こんな感じの緊張感がずっと続いてるんだろうなぁ。子どもが急に熱出したとか、ゲロ吐き出したとか。それだけでも疲れそうだ。尊敬する。
このネタは、あと二つくらい書けるな。介護ネタとAEDネタ。
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