メッセージ欄
2008年8月の日記
▼ 2008/08/29(金)
■魔王
突然再開したりして。仕事的にこの週末は山場。あと一息。ドラマ『魔王』を見る。別にテーマが深いとかそういうのではないんだけど、話的におもしろい。あと、主演の大野智くんというのが、なんとも気になるんだよな。いろいろやってるみたいなんだけど、嵐のリーダーとしての出演以外で見たことがない。全然しゃべれないし(そこがいいんだけど)。他のメンバーがドラマやら映画やらバラエティやらでどんどんピンの仕事をやっていく中で一人取り残され気味な印象だったんだけど、初出演のドラマがしっかり自信になるといいなぁ、がんばれよーと思ってついつい見てしまう。今のとこ、いい感じでやっているような。ヒロインの子は、何年か前に岸谷五郎と宮沢りえのドラマで娘役やってた子だな。この子もたいへんにかわいらしい。
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▼ 2008/08/04(月)
■高学歴ワーキングプア
立場的にこれほど語りにくい話題もないのだけれど、やはり思うことはないではないので、手短に。少なくとも、大学院への進学を自己決定した人の自己責任という語り方をすることには違和感がある。それは、教育を自己投資の一つとしてのみ捉えた場合にだけいえることだ。教育とは公費を用いる社会的な投資であり、そこで教育を受けた人々がその能力を生かすことができない状況にあるのであれば(能力はあるが発揮する場がないのであれ、そもそも能力を鍛えるのに失敗しているのであれ)、それはそもそも教育政策の失敗なのだ。▼ 2008/08/02(土)
■共産主義の名の下に、その2
承前。別に共産主義を擁護する気もないし、資本主義を非難する気もない。てゆーか、いまやどちらの言葉も多義的に過ぎて、それを単に擁護したり非難したりするだけではほとんど意味がなくなってしまっている。僕は僕が納得できるものを自分で考えたいと思うけれど、その中には資本主義的な要素も共産主義的な要素も両方含まれている。てゆーか、普通に考えて、そんなの当たり前だろう。何主義であれ、社会的決定に基づいて惨禍が引き起こされる場合には、ある特徴があると思われる。それは、社会的決定を「わたしとあなたの間におく」という大原則が踏みにじられていることだ。それは、あるときは「正しいことはわたしが知っている」とする傲慢さゆえに*1。あるときには、「正しいことはあなたが知っている」という謙譲を装った没主体性のゆえに*2。またあるときには、「正しいことなんか誰も知らない」という開き直りのゆえに*3。もう少し捻ると、「わたしも正しいことなど知らないが、しかし、あなたよりは知っている」という、限定的でありながら「わたしが知っている」とほとんど同じように作用するソフトな傲慢さゆえに*4。いずれにせよ、問題はそこにあると僕は考える。
ということから、「十字軍はバカに勝てるか」、「疑似科学を憎んでバカを憎まず」、「バカへの信を問う」といった一連の記事の問題意識につながっている。
追記
過去記事から再掲。何かを差異化することは不可避であり、そこに自分基準で優劣の物差しを持ち込むことも不可避であるから、形式としての「バカ」というものを逃れて生きることなんてできない。自分から見てバカにしか見えない誰かと、どうやってつながっていけるのか、ということが大事な問題。バカにしか見えてないんだったら、私にはそいつがバカに見えている、ということをちゃんと踏まえて考えていかないと、慇懃無礼さにおいて、同じことをしでかしてしまう。
もちろん、バカと付き合ってられない、という場面も多々あるのは確か。でも、そういうときは、「疲れたからとりあえず中断」ということでいい。「もうオマエと話しても無駄だから」と言う必要はないし、よくよく考えれば、そのように言える根拠もない。
追追記
マクロ経済政策とかだと、専門家に任せるしかないのかもしれないね。でも、ホントにそうなんかな。あるいは、どこまで、そうなんかな。専門家がやっていることを理解したい、とド素人が熱望する社会って、やっぱりまちがいにくいと思うんだよなぁ。▼ 2008/08/01(金)
■定員割れ私大のこととか
「私立大:47%が定員割れ…今年度、半数未満も29校」@毎日jp。こういうの見て「日本は大学が多すぎる」とか言い出す人が出てくるんだけど、ちょっと待った。いつも言うことなんだけど、世界一人口密度の高い教室で、その一人一人から世界一高い学費を搾り取っている日本の大学が、それでも経営難に陥るってのはどういうことかを考えなければならない。別に、そこで働いている人がボッている、というわけではない*1。公的支出が少なすぎるんだよ。前にも書いたけど*2。やりようはある。で、「定員割れ」というとき、その定員とは「世界一人口密度の高い教室」を前提にしたものであることを考えなければならない。定員割れしてるんなら、ちょうどいいから、定員そのものを3割くらい減らして、3割分の学費を公費助成すればいい。ついでに、定員確保してる大学は「学生詰め込みすぎなので」、そっちも定員減らしたらいい。そしたら、日本の大学進学率は今よりもっと低くなるので、そもそもの社会資本の充実度としてみるならば、むしろ「大学は足りない」ということになるんじゃないかな。
ニュース元の私学事業団というのは、私学の社会保険関係の元締めで、保険料関係を運用している団体。運用の中で、私学への融資を行っていたりもする。で、ここ数年、「大学も倒産の危機!」みたいな煽り報告書を続けて出している。どうしてこういう団体がそういうことを言いたがるかというと、今後やばそうな大学には融資をストップして、早いところ潰れてもらって、焦げ付き融資を出さないようにしたいんだな。でも、「振興」事業団なもんで、実際つぶれる大学が出てきたときに、その存在意義を問われることになる。だから、今のうちから「自分らのせいじゃないよ」とアピールしているわけだ。皆さん心の準備しておいてね、というわけ。
まぁ、そういう都合はわかるけれど、その前に、先に述べたような国レベルでの高等教育政策のゆがみをきちんと批判すべきなんだよな。「振興」事業団なんだから。けど、そういうガチで国とぶつかるようなことはしたくないんだろうね、関係者的には、という話。大人だよね。まったく。
*1 : いや、もう少し下げてもいいところもあるけど、安い大学はメチャ安いし、一口にいって格差がスゴイので、一般化できません。
*2 : 「大学塾を読む(3)」とか。