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	<title>MOJIMOJI.ORG</title>
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	<copyright>Copyright 2008</copyright>
	<pubDate>Wed, 01 Oct 2008 13:07:30 GMT</pubDate>
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		<category>日記::2008年10月</category>
		<pubDate>Wed, 01 Oct 2008 13:06:56 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0243#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>移転</h3>
　7月のリニューアルは失敗だったかなぁ。1日1記事で、細々と思い付きを書き留めるつもりだったのだけど、どうにも書き留める気になれない。長く書いたり短く書いたり、ムラっ気でまくり。adiaryのバージョンもアップしてるのに、どうもうまくアップデートできないので、いっそ別のディレクトリに移すことにした。つき始めで区切りもいいことだし。ここは当面消しませんが、更新は停止。ムラっ気が抜けないなぁ。<br>
<br>
　新しいブログは、こちら。＞<a href="http://www.mojimoji.org/blog/">http://www.mojimoji.org/blog/</a><br>

</div>

]]></description>
	</item>
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		<title> </title>
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		<category>日記::2008年9月</category>
		<pubDate>Thu, 11 Sep 2008 07:50:10 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0242#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>学力調査問題あれこれ</h3>
　基本はこんな感じで。＞<a href="http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20080909/p1">「学力調査結果を公表すべきでない理由」</a><br>
<br>
　僕も試験をやって学生の「学力を調査する」ことがあるわけだけども、序列をつけて順位を発表することに、それほどの意味はない。大事なことは、本人がわかるかわからないかであって、その意味では、誰もわからないから自分も知らなくていいとはならないし、みんなが知ってるから自分もわかってないと恥ずかしい、ともならない。「どこができてないか」に関心を持って欲しいし、「目標はあくまでも満点」という前提でモノを考えて欲しいのだけど、99.9％の学生にはそういう発想がそもそもない。<br>
<br>
　さらにいうと、講義を出発点にして自力でもっといろんなことを勉強して欲しいのだけど、そういうことは点数にならないので（当たり前、講義で教えてないことを、テストでは問えない）、結局やらないことになる。まだしも、そういうことをやってわかってたのしかった経験が豊富にあれば、そのことを評価してもらった経験があれば、違ってくるんだろうけど、「受験に関係ないことは無駄」の中で育ったせいなのか、そういう「余計なこと」にはほとんど手を出さなくなっている。<br>
<br>
　だから、試験は具体的に測りたいものを先に念頭におき、必要なデータを収集できるように設計し、目的を念頭におかずに闇雲に統計処理したり序列をつけたりしない、ということに注意してる。教師が権威を持って示したデータは、学生にとっては規範である。確信がないなら、やるべきではない。<br>
<br>
　こういう話をして、ふむなるほど、慎重でなくちゃね、となる人は、問題ない。しかし、「競争させることが大事」というのは、もはや一種の宗教じみた信念になっていて、競争がないのに勉強などするわけがない、自分だったらしないもの、云々、という人には、なかなか話は通じない。たとえば、フィンランドでは、義務教育期間が終わる16歳までは他人と比較するためのテストも競争もないそうだ。しかし、そんな話をしてみても、ロクに検討もせずに「日本ではうまくいかない」と返す人もある。<br>
<br>
　僕も、必ずうまくいくだろう、とかは思わんのだけど、うまくいかないとしてそれはなぜだろう。うまくいっているとして、それはなぜだろう。単純に興味はわく。じゃあ、とりあえず読んでみてから、考えてみてから、もう一度考えようか、となるし、データの公表を要求するかはその後でもいいや、という気がするのだが、しかし、そうはならんのだよな、どういうわけか。教育政策を考える人の「学力が低い」と、思いつきで政策を実行することになり、ますますひどいことになる。ニワトリが先か、卵が先か、みたいな話だな。<br>
</div>

<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0242#p2" name="p2"><span class="sanchor">■</span></a>コード・ブルー、最終回終了</h3>
　全然期待してなかったのに、ALS青年も出てきて、あのエピソードにもちゃんとした決着を与えてくれたのはうれしかった。今を生きることを、こんなにまっすぐに肯定してくれるとは。すばらしい。もう一度丁寧に見返したい。うーむ。<br>
<br>
　しかし、本気の医療ドラマは、見るのが疲れるのぉ。<br>

</div>

]]></description>
	</item>
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		<category>日記::2008年9月</category>
		<pubDate>Sun, 07 Sep 2008 14:06:39 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0241#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>Tomorrowとコードブルー、その後</h3>
　<a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0211#p2" class="tag adiary-key" title="記事指定 ">承前</a>。しかし、Tomorrowは酷かった。今日は最終回だったのだが、なんか破綻寸前の自治体の赤字病院が、なんか「市民の絆」とやらで建て直しに成功してた。裏返せば、破綻する病院は「工夫が足りない」「絆＝努力が足りない」ってことか。うちの相方、途中まで号泣してたんだけど、ラスト見てズッコけてた。結局、国の制度の問題には一度も触れることなく。前回は前回で、脳死状態？になった事務長の奥さんの生命維持装置を外す話が美談として描かれる始末。生命維持装置を外さずに必死で生きてる人間を愚弄するのかよ。ハッピーエンドのバカドラマを作りたいなら、医療とか生死の問題とか取り上げるなよ。「ヤスコとケンジ」みたいのんでいいんだよ。<br>
<br>
　対照的に、コードブルーの方はかなりよくできてる（一点、ひっかかるところはあるのだが。後述）。ドクターヘリに乗る見習い医師を山Ｐとかガッキーとかがやってるので、若手人気俳優を起用した視聴率狙いの軽いドラマになりゃせんかとか思ったけど、全然逆。失礼しました。特に、中盤以降、「トリアージ」問題が浮上してきてからは、問題はどんどん出てくるけど、絶対に答えを出さない。答えが出たようでも、どんどんひっくり返される。「二人とも助けよう」として「二人とも死なせてしまった」ことへの後悔。冷静に「命を優先」して「腕を諦めた」ことへの迷い。さらに、「二人とも助けよう」として「二人とも助ける」ことに成功するが、しかし、結果は判断を正当化しない。何が正しい答えか分からない。「感情に流されてはいけない」なんて平板な答えで安心させてくれない。もちろん、「とにかく全力で全員救え」などという根性論も出てこない。…これについては、いずれ何か書きたいなぁ。とりあえず、最終回が気になる。あと1回だっけ、2回だっけか。ミスチルの歌もいい。<br>
<br>
　一つ引っかかってるのは、何回か前、ALSの青年が出てきた回。あの回は「重度障害者は周囲の人間の負担である」ということを、かなりミもフタもない形で描いてた。その描き方は、確かに繊細ではあったのだけど、あれでは重度障害者の側の立つ瀬がない。「迷惑にならんように自重しろ」みたいな。かなりマズイ。最終回までのどこかで、ひっくり返ったりするんだろうか。<br>
<br>
　でも、これもちゃんと描こうとすれば、「介護の社会化」みたいな話になるんだよな。あまり期待できない。結局、ドラマってのは「ある現場」を描くものでしかないだけに、国の制度のような「絵になりにくいもの」を捉えきれないってことなんだろうか。<span class="footnote"><a title="エディ・マーフィーの出てた、「おかしな関係」みたいな、描き方とかどうなんだろ。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0241#fn1" name="n1">*1</a></span><br>
</div>
<div class="footnote">
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0241#n1" name="fn1">*1</a> : エディ・マーフィーの出てた、「おかしな関係」みたいな、描き方とかどうなんだろ。</p>
</div>

<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0241#p2" name="p2"><span class="sanchor">■</span></a>オープンキャンパス終了</h3>
　とりあえず。<br>
<h4><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0241#p2.1" name="p2.1" class="linkall"><span class="sanchor"></span>追記</a></h4>
　あう、大事な引継ぎを済ませるのを忘れてた。明日朝一番に出勤せなならん。ガックリ。<br>

</div>

]]></description>
	</item>
	<item>
		<title> </title>
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		<category>日記::2008年9月</category>
		<pubDate>Thu, 04 Sep 2008 03:54:28 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0240#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>依存性について</h3>
　よく「マリファナは習慣性がないから、禁止しなくていい」という主張がなされる。実際、オランダとか、合法の国もある。多分、生理学的な依存性がないってことなんだろうと思うけど、インターネット依存症とか<span class="footnote"><a title="私です。ハイ。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0240#fn1" name="n1">*1</a></span>、ネットゲーム依存症とかのことを考えると、別の意味での依存性ってあって、そういう意味ではどうなってんだろうな、とは思う。勉強しててもマリファナが気になる、仕事しててもマリファナが気になる、とかって状態になると、それは立派に依存症だろうし。<br>
<br>
　だから、禁止、という話とは別ですが。依存性については、もうちょい丁寧な検討が必要だ、とは思った。<br>

</div>
<div class="footnote">
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0240#n1" name="fn1">*1</a> : 私です。ハイ。</p>
</div>

]]></description>
	</item>
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		<title> </title>
		<link>http://www.mojimoji.org/adiary/0239#tm1220350445</link>
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		<category>日記::2008年9月</category>
		<pubDate>Tue, 02 Sep 2008 10:13:36 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0239#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>測ること、比べること</h3>
　そういや、と思って、探したらすぐ見つかった。＞<a href="http://d.hatena.ne.jp/desdel/20080329">「QALY批判」</a><br>
<blockquote>
【QALYを使えないとしたら、どう比較すればよいだろうか。上記の規準を満たす方式が無いのであれば、「自然単位で結果を報告すること」に立ち帰らなければならない。すなわち、視覚障害の年数、頭痛の年数、勃起機能不全の年数で報告しなければならない。そして、決定権者は、「自分の選好」に基づいて資源使用法を決定しなければならない。「こちらの方が難しいかもしれないが、少なくとも己の為していることをわかる（知る）ことにはなろう。(Although this may be more difficult, they will at least understand what they are doing.)」。】<br>
</blockquote>
　「「自然単位で結果を報告すること」に立ち帰らなければならない」。ですよ。あはははは。まったく同意。<br>
<br>
　いや、GDPは使えると思ってるんですけどね。でも、「費用○○分析」系は、ほぼ全部いらん、と思ってます。<br>

</div>

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		<title> </title>
		<link>http://www.mojimoji.org/adiary/0238#tm1220024584</link>
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		<category>日記::2008年8月</category>
		<pubDate>Fri, 29 Aug 2008 15:43:04 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0238#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>魔王</h3>
　突然再開したりして。仕事的にこの週末は山場。あと一息。<br>
<br>
　ドラマ『魔王』を見る。別にテーマが深いとかそういうのではないんだけど、話的におもしろい。あと、主演の大野智くんというのが、なんとも気になるんだよな。いろいろやってるみたいなんだけど、嵐のリーダーとしての出演以外で見たことがない。全然しゃべれないし（そこがいいんだけど）。他のメンバーがドラマやら映画やらバラエティやらでどんどんピンの仕事をやっていく中で一人取り残され気味な印象だったんだけど、初出演のドラマがしっかり自信になるといいなぁ、がんばれよーと思ってついつい見てしまう。今のとこ、いい感じでやっているような。ヒロインの子は、何年か前に岸谷五郎と宮沢りえのドラマで娘役やってた子だな。この子もたいへんにかわいらしい。<br>

</div>

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		<title> </title>
		<link>http://www.mojimoji.org/adiary/0237#tm1217778311</link>
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		<category>日記::2008年8月</category>
		<pubDate>Sun, 03 Aug 2008 15:45:11 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0237#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>高学歴ワーキングプア</h3>
　立場的にこれほど語りにくい話題もないのだけれど、やはり思うことはないではないので、手短に。少なくとも、大学院への進学を自己決定した人の自己責任という語り方をすることには違和感がある。それは、教育を自己投資の一つとしてのみ捉えた場合にだけいえることだ。教育とは公費を用いる社会的な投資であり、そこで教育を受けた人々がその能力を生かすことができない状況にあるのであれば（能力はあるが発揮する場がないのであれ、そもそも能力を鍛えるのに失敗しているのであれ）、それはそもそも教育政策の失敗なのだ。<br>

</div>

]]></description>
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		<link>http://www.mojimoji.org/adiary/0236#tm1217643976</link>
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		<category>日記::2008年8月</category>
		<pubDate>Sat, 02 Aug 2008 01:31:30 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>共産主義の名の下に、その２</h3>
　<a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0235#p2" class="tag adiary-key" title="記事指定 ">承前</a>。別に共産主義を擁護する気もないし、資本主義を非難する気もない。てゆーか、いまやどちらの言葉も多義的に過ぎて、それを単に擁護したり非難したりするだけではほとんど意味がなくなってしまっている。僕は僕が納得できるものを自分で考えたいと思うけれど、その中には資本主義的な要素も共産主義的な要素も両方含まれている。てゆーか、普通に考えて、そんなの当たり前だろう。<br>
<br>
　何主義であれ、社会的決定に基づいて惨禍が引き起こされる場合には、ある特徴があると思われる。それは、社会的決定を「わたしとあなたの間におく」という大原則が踏みにじられていることだ。それは、あるときは「正しいことはわたしが知っている」とする傲慢さゆえに<span class="footnote"><a title="これが一番よく指摘されていること。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#fn1" name="n1">*1</a></span>。あるときには、「正しいことはあなたが知っている」という謙譲を装った没主体性のゆえに<span class="footnote"><a title="2005年の総選挙を想起せよ。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#fn2" name="n2">*2</a></span>。またあるときには、「正しいことなんか誰も知らない」という開き直りのゆえに<span class="footnote"><a title="「苦渋の決断」系とか。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#fn3" name="n3">*3</a></span>。もう少し捻ると、「わたしも正しいことなど知らないが、しかし、あなたよりは知っている」という、限定的でありながら「わたしが知っている」とほとんど同じように作用するソフトな傲慢さゆえに<span class="footnote"><a title="これはもう、ありすぎて虫唾が走る。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#fn4" name="n4">*4</a></span>。いずれにせよ、問題はそこにあると僕は考える。<br>
<br>
　ということから、<a href="http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20080522/p1">「十字軍はバカに勝てるか」</a>、<a href="http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20080527/p1">「疑似科学を憎んでバカを憎まず」</a>、<a href="http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20080529/p1">「バカへの信を問う」</a>といった一連の記事の問題意識につながっている。<br>
<h4><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#p1.1" name="p1.1" class="linkall"><span class="sanchor"></span>追記</a></h4>
　<a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0194" class="tag adiary-key" title="記事指定 ">過去記事</a>から再掲。<br>
<blockquote>
　何かを差異化することは不可避であり、そこに自分基準で優劣の物差しを持ち込むことも不可避であるから、形式としての「バカ」というものを逃れて生きることなんてできない。自分から見てバカにしか見えない誰かと、どうやってつながっていけるのか、ということが大事な問題。バカにしか見えてないんだったら、私にはそいつがバカに見えている、ということをちゃんと踏まえて考えていかないと、慇懃無礼さにおいて、同じことをしでかしてしまう。<br>
<br>
　もちろん、バカと付き合ってられない、という場面も多々あるのは確か。でも、そういうときは、「疲れたからとりあえず中断」ということでいい。「もうオマエと話しても無駄だから」と言う必要はないし、よくよく考えれば、そのように言える根拠もない。<br>
</blockquote>
<h4><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#p1.2" name="p1.2" class="linkall"><span class="sanchor"></span>追追記</a></h4>
　マクロ経済政策とかだと、専門家に任せるしかないのかもしれないね。でも、ホントにそうなんかな。あるいは、どこまで、そうなんかな。専門家がやっていることを理解したい、とド素人が熱望する社会って、やっぱりまちがいにくいと思うんだよなぁ。<br>

</div>
<div class="footnote">
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#n1" name="fn1">*1</a> : これが一番よく指摘されていること。</p>
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#n2" name="fn2">*2</a> : 2005年の総選挙を想起せよ。</p>
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#n3" name="fn3">*3</a> : 「苦渋の決断」系とか。</p>
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0236#n4" name="fn4">*4</a> : これはもう、ありすぎて虫唾が走る。</p>
</div>

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		<title> </title>
		<link>http://www.mojimoji.org/adiary/0235#tm1217559220</link>
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		<category>日記::2008年8月</category>
		<pubDate>Fri, 01 Aug 2008 02:26:46 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0235#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>定員割れ私大のこととか</h3>
　<a href="http://mainichi.jp/life/edu/news/20080731k0000m040109000c.html">「私立大：47%が定員割れ…今年度、半数未満も29校」＠毎日jp</a>。こういうの見て「日本は大学が多すぎる」とか言い出す人が出てくるんだけど、ちょっと待った。いつも言うことなんだけど、世界一人口密度の高い教室で、その一人一人から世界一高い学費を搾り取っている日本の大学が、それでも経営難に陥るってのはどういうことかを考えなければならない。別に、そこで働いている人がボッている、というわけではない<span class="footnote"><a title="いや、もう少し下げてもいいところもあるけど、安い大学はメチャ安いし、一口にいって格差がスゴイので、一般化できません。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0235#fn1" name="n1">*1</a></span>。公的支出が少なすぎるんだよ。前にも書いたけど<span class="footnote"><a title="「大学塾を読む（３）」とか。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0235#fn2" name="n2">*2</a></span>。やりようはある。<br>
<br>
　で、「定員割れ」というとき、その定員とは「世界一人口密度の高い教室」を前提にしたものであることを考えなければならない。定員割れしてるんなら、ちょうどいいから、定員そのものを3割くらい減らして、3割分の学費を公費助成すればいい。ついでに、定員確保してる大学は「学生詰め込みすぎなので」、そっちも定員減らしたらいい。そしたら、日本の大学進学率は今よりもっと低くなるので、そもそもの社会資本の充実度としてみるならば、むしろ「大学は足りない」ということになるんじゃないかな。<br>
<br>
　ニュース元の私学事業団というのは、私学の社会保険関係の元締めで、保険料関係を運用している団体。運用の中で、私学への融資を行っていたりもする。で、ここ数年、「大学も倒産の危機！」みたいな煽り報告書を続けて出している。どうしてこういう団体がそういうことを言いたがるかというと、今後やばそうな大学には融資をストップして、早いところ潰れてもらって、焦げ付き融資を出さないようにしたいんだな。でも、「振興」事業団なもんで、実際つぶれる大学が出てきたときに、その存在意義を問われることになる。だから、今のうちから「自分らのせいじゃないよ」とアピールしているわけだ。皆さん心の準備しておいてね、というわけ。<br>
<br>
　まぁ、そういう都合はわかるけれど、その前に、先に述べたような国レベルでの高等教育政策のゆがみをきちんと批判すべきなんだよな。「振興」事業団なんだから。けど、そういうガチで国とぶつかるようなことはしたくないんだろうね、関係者的には、という話。大人だよね。まったく。<br>
</div>
<div class="footnote">
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0235#n1" name="fn1">*1</a> : いや、もう少し下げてもいいところもあるけど、安い大学はメチャ安いし、一口にいって格差がスゴイので、一般化できません。</p>
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0235#n2" name="fn2">*2</a> : <a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0110" class="tag adiary-key" title="記事指定 ">「大学塾を読む（３）」</a>とか。</p>
</div>

<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0235#p2" name="p2"><span class="sanchor">■</span></a>共産主義の名の下に</h3>
　共産主義の名の下にとにかくたくさんの人が殺されたという歴史に言及する人は、反共産主義の名の下にも同様にたくさんの人が殺された歴史にほとんど言及しないし、自由主義の名の下に殺された人、現在進行形で殺されつつある人のことにもほとんど言及しない。たまに言及すると、「そんなことに言及する奴は共産主義者だ」とDISる。なんじゃそら。<br>

</div>

]]></description>
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		<title> </title>
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		<category>日記::2008年7月</category>
		<pubDate>Thu, 31 Jul 2008 13:48:00 GMT</pubDate>
		<author>モジモジ</author>
		<description><![CDATA[<div class="section">
<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0232#p1" name="p1"><span class="sanchor">■</span></a>教育の可能性</h3>
　学校ではバカは直せない、学校で習ったことなんか役に立たない、などと結構簡単に言われる。これは実証的な物言いではない。もちろん、学校でバカが直せる、学校で習ったことが役に立つ、といっても実証的な物言いではない。てゆーか、こういうことについての「実証」って、データの取り方や処理方法で結構融通無碍に結果を左右できてしまうので、そもそも「実証的な」思考自体が（少なくともこの場合には）うさんくさい。むしろ、それぞれの前提が含意することを考えた方がいい。<br>
<br>
　仮に「直せない」、「役に立たない」を前提するとすれば、それは「人が人を教える」ということを根底から否定することになる。裏返せば、すべては自己責任以外のものではありえないことになる。そういう前提を取ることになる。自己責任論に落とし込みたくないのであれば、「直せる」、「役に立つ」の前提を取る以外にはありえない。<br>
<br>
　とか言いながら、「実証的」なことも一つ。フィンランドの教育は世界一と言われるが、決してトップが抜きんでているのではない。落ちこぼれがダントツに少ないのだ。このことからすれば、「バカを直す」ことこそが教育にできることであり、むしろ、「天才を作る」ことの方にこそ限界がある。まぁ、自説に都合のよい証拠を探してみれば、ほらあった、というだけの話。信じるも八卦、信じぬも八卦。でも、フィンランドでやっていることと引き比べてみると<span class="footnote"><a title="福田誠治『競争やめたら学力世界一』、同『競争しても学力行き止まり』。" href="http://www.mojimoji.org/adiary/0232#fn1" name="n1">*1</a></span>、一応試してみてから考えたらいいんじゃないかね、という気はするな。<br>
<h4><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0232#p1.1" name="p1.1" class="linkall"><span class="sanchor"></span>追記</a></h4>
　ちなみに、フィンランドの学校の学級崩壊ぶりはスゴイ。授業中に寝てたり休憩してたり編み物してたり、いたって自由。たまには勉強したいな、と思う、その瞬間をうまくつかまえているらしい。で、また飽きて他のことやりだすと、ほっとく。教師が主導する部分もあるんだろうけど（少なくとも、他の子の邪魔はしないとか）、日本の学校とは比べるまでもないわな。<br>
</div>
<div class="footnote">
	<p class="footnote"><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0232#n1" name="fn1">*1</a> : <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022598972/dhatenejpmoji-22/ref=nosim" class="tag asin">福田誠治『競争やめたら学力世界一』</a>、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022599316/dhatenejpmoji-22/ref=nosim" class="tag asin">同『競争しても学力行き止まり』</a>。</p>
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<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0232#p2" name="p2"><span class="sanchor">■</span></a>内藤大助</h3>
　それはそうと、この人自身は嫌いじゃないんだよな。昨日の防衛戦は見ました。ボクシングはよくわかりませんが、見てておもしろかった。しかし、勝利者インタビューに突然闖入してきた亀田にはしらけた。まぁ、亀田の騒動がなかったら、内藤の試合も注目浴びたりしなかったところもあるでしょうし、その意味では功労者なんでしょうけど、そうか、あれか、イジメっ子に「おまえのおかげだ」と言うのと同じような気持ちで、亀田にも「ありがとう」ってことなんかな。食えなきゃボクシング自体やれないし、ね。切実だよな。実際、亀田の件がなければ、僕もボクシングとか見てないかもしれんし（そもそも、テレビ中継もされてなかったわけだし）。文化の問題みたいに、ボクシングの興行も公費で、ってわけにはいかんよーな気がするしなぁ。<br>
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　話がエライところに飛んだ。この件はまたいずれ考える（かもしれない）。<br>
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<h3><a href="http://www.mojimoji.org/adiary/0232#p3" name="p3"><span class="sanchor">■</span></a>何に公費を出すか</h3>
　大阪の橋下知事の文化行政なんかも想起しつつ。てゆーか、単に切る切るゆーてるだけなんだから、文化行政ではなくて、文化行政からの撤退と言うべきなんだよな。まぁ、いいか。それはそうと、どういうものに公費を出すべきなんだろうね。音楽とか絵画とか演劇とか、そういうものに選択的に金を出す、となると、選別の基準がわからんし、餞別しないとすればキリがない。あるいは、選別の基準は、ある程度歴史主義的にやっちゃってもいいんかなぁ。まぁ、恣意的に、ってことですが。でも、恣意的に支出する代わりに、恣意的に削るってことにもなるんだろうな。<br>
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　生存には公費を出すべき、ってのは比較的わかりやすいな。それともう一つ、生存に公費を出すべき、ってことを理解し、それをいかに実現するかを討議し、そうした一連の活動を担っていく主体を作っていくための活動、すなわち教育と政治活動には金を出していい。てゆーか、話が少し飛ぶようだけれども、たとえばベーシック・インカムみたいなものが可能なら、それで空いた時間で無給の「文化活動」が行われる、ってのはあるだろうな。学問も含めて、基本はそれでいいような気がする。<br>
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　これもまとめない。続けて考える。<br>

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